終戦

戦後76年、毎年8月15日は戦争の経験や新たな事実が、報道されます。戦争末期に米軍の捕虜8人を怪我の手術という名目で殺してしまったお医者様が、教授の命令、それも軍からの命令で教授を手伝ったのに、死刑宣告される。自分の意思でなく、反対したという事を、妻が嘆願して、10年の刑になり、故郷で開業医された話のドラマが身につまされました。その時の事情がいろいろあっても、さまざまな思惑で、死ななくてよい命がなんとたくさんあったことかと考えてしまいます。

手塚治虫氏は、戦争が終わった時、ラジオから流れる放送を真剣に聞いていなかったそうです。医者になるため大阪大学の医学部に入学したものの、校舎が空襲で焼けてしまい、ずっと授業がなく、8月15日も朝からマンガを描いていました。ですから、どうせまた「戦局」の話かと思っていたら「あれ、様子がおかしい。上空の偵察機が飛んでいない。軍歌でない音楽が鳴ってきた」外では話し声がしていて、「戦争が終わったらしい」と。嬉しくなり、漫画家になれそうだと思ったそうです。

太宰治に「トカトントン」という短編があります。戦争が終わり、ある軍人が受け入れることができず、上官の命令もあり、自決を決意するのですが、うしろから金づちくぎを打つ音が、かすかに「トカトントン」と聞こえました。それを聞いたとたん悲壮感が消え、白々しい気持ちになり、感慨もなく、自決なんてしないと思うようになりました。一生懸命してきたことが終わりを迎え、火が消えたような白々しい気持ちになったそうです。手塚氏もこの短編の主人公も「よかった〜戦争が終わって」と本心が出たのでしょう。

敗戦国となり、米国の占領下になり、色々な歴史を経て、今に至っていますが…!

今も76年たった今も「敗戦国」で米国の占領下です。何しろ日本の首都圏の上空は、日本の飛行機が飛ぶことが許されない、「横田空域」という米国の管理空域があるとのこと。日本は制空権を支配されているのです。

知りませんでした。単に米国の基地があり、日本を守って(?)いるだけかと思っていました。

模擬爆弾

パンプキン爆弾と呼ばれた。1945年7月20日から8月14日、日本各地に落とした、8月9日に長崎に投下されたプルトニウム型原爆「ファットマン」ろほぼ同じ形状と重さ。

戦後来日した米国調査団が、「小型の爆弾と同じ重量で投下したが兵器工場に大きな被害を与える」と結論づけている。日本中で全容が判明した「春日井の戦争を記録する会」による、これもはじめて知ったことです。

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