海軍 舞鶴鎮守府 開庁120年

明治時代、横須賀、呉、佐世保、舞鶴に鎮守府が設置され、昨年2001年10月に120年となりました。戦後75年以上経過し、廃れたものも多いが、「現在赤れんがパーク」と生まれ変わって、観光地となっています。赤れんがは昔の海軍の武器倉庫だったので、現在のマリウポリの悲惨な戦場を見ていると、そうなっていてもおかしくなかったと、今は明るく綺麗な、お洒落な街を歩いて、感慨深いものがありました。

舞鶴では引き揚げ記念館へ、絶対行きたかった。抑留生活の過酷さは、おびただしい資料から分かります。シベリア厳しい毎日、生きるため、ソ連の洗脳に染まるふりをする。戦争は(現在も同じく)人間性を変化させる。悲しみ、辛さ、悲観、絶望、その中でも生きる希望を持ち続けて、生還する。小さな粗末な紙片につづられた思いは胸を熱くします。ようやく舞鶴に降り立つことができ、戦後何十年もかかったソ連から帰って来られた方々の話を、直接聞く機会はほとんど無くなりましたが、世界の惨状はまたくり返しているのかと、目を覆いたくなるばかりです。

舞鶴の街中は、その戦後すぐ、衛生部や学生が自ら立ちあげて、行方不明の方々を探すなど、動き出しておられた事に私は感動しました。

明るい舞鶴湾、リアス式海岸特有の起伏に富んだ地形が軍港に最適と選ばれたことによって、120年の歩みを今に残すことになりました。現在でも東舞鶴市街には軍艦の名称が残っています。

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