富士山の見えた江戸の町

年の始め、箱根の駅伝で、晴天なら行路も復路も富士山を見ることができ、楽しくなります、思えば、東京日本橋から品川、川崎、横浜、湘南、小田原、箱根…京都まで53次の浮世絵で、富士山が描かれているのは、誰もよく知っている風景でした。

今は毎朝の天気予報で、スカイツリーから見たり、江ノ島、三保の松原などに写るのを見るくらいですが、ビルの林立する東京の街から見ることは不可能です。江戸時代は江戸の西の空を少し高い所に行けば見られたんですね。富士見台とか富士見町とかの地名も残っています。

新幹線はまっすぐ富士山のすそ野に向かって線路がひかれたので、富士川付近ですばらしい雄姿を見ることができますが、数分で通り過ぎてしまい、残念です。しかし在来線の東海道線に乗れば、藤沢あたりで、田園の向こうに雄大な富士山に出会うことができます。

歩いて歩いて旅をし、一生に一度は富士山に登るという一大イベントになって、お伊勢まいりと共に日本人のかけがえのない財産になっていたのだと思いました。

空気や水が澄んでいた、かつての時代では、伊吹山からも見えたと言いますね。

近頃の火山の噴火で大変な時代に、富士山が噴火するのではないかと、恐ろしいことも考えられますが、美しい世界遺産がいつまでも美しくいて欲しいと思いませんか?

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