京都めぐり 西郷隆盛邸跡

同志社女子の学校の横に石碑があります。大河ドラマ「セゴドン」西郷隆盛で、その生涯を知られ、日本中に知らない人はいない、明治時代の立役者です。

息子の菊治郎は、京都の初代の知事になった。京都の地に居住していた頃には、御所の北東のこの地は、まだ市街地になっていなかったのですが、歴史の登場人物が多数往来していたでしょう。今は京都御所以外は、昔の面影を残す場所は無くなっています。

新しい世を目ざして、全国から集まった人達が、徳川400年続いた支配権を、「大政奉還」によって、天皇の名のもとに手に入れましたが、その勢力分布図は歴史で明らかなように、幕末から明治にさまざまくりひろげられました。その時に活躍し、パリ万博に行き、ヨーロッパの新しい文化、技術を見てきた渋沢栄一は、銀行、鉄道その他数多くの事業をもたらして、高く評価されて、今の時代の基盤を築き上げました。その事が今年の大河ドラマによって知られています。その結果、新しい一万円の顔になったのですね。

西郷隆盛は政府からしりぞいて、「西南の役」後に自決しました。もしはないのですが、もし生きていれば……どうなっていたのか?

今の時代を見ることができたら、自分の生きていた時代と見比べて、何を思うのでしょうか?感慨深いのです。

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